私の入口 天上の青・下巻



『復讐するは我にあり・上下巻』
著者・佐木隆三
感想:

「模倣犯」「天上の青」に引き続き、犯罪モノです。

犯人像も多少似ています。

「模倣犯」は視点を被害者側からも加害者側からもとらえたもの。「天上の青」は、どちらかといえば加害者側。そして、これは。。。

犯人が逃げるのに役立てた、新聞記事の視点ではなかったのでしょうか。まず、犯罪そのものが、(不謹慎ですが)なかなかお見事で、それだけでも読んでいてひきこまれるものがあります。

が、興味深いのは、この犯人がクリスチャンの教育をこどもの頃から受けてきた人物であること。

(私の読んだ)前作「天上の青」では、犯人が慕う?女性がクリスチャンだったけど、今回は当の犯人。

ラスト、刑が執行される時にも、5人もの人を殺して平然としていた犯人が、隠れキリシタンの伝統濃い故郷の島の「歌オラショ」に心の平安を求めているあたり、人間の不思議を感じます。

「事実は小説より稀なり」といいますが、人間の不思議を、毎日の生活の中からでも、みんな実は感じていて、小説を読んで、改めて「そうそう、人は不可解は生き物なんだよなあ」と感じさせてくれるのではないでしょうか。

だから、この小説の事件や犯人像が、いかに突拍子もないものでも、おどろくよりも、まず、共感してしまうのは、私だけではないと思います。(もちろん、殺人に共感はできませんが)

そして、この作品のテーマは復讐(?)は、私に「たった一人の反乱」(丸谷才一著)を思い出させた。

この作品の復讐は、たんに「誰かに復讐をする」という意味のものではない。
「たった一人の反乱」も反乱を起こすものではない。
でも、どちらも、いわゆる「日常」に対して「復讐」したり「反乱」したり、そういう側面に目をむけた作品だと思った。

日常への復讐が「殺人」では、まったくやりきれないけど。

出口

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